私の友人にご年配のユダヤ系実業家の方がいらっしゃいました。
欧州からアメリカへ移民し、生活するにもやっとこの貧しかった家族を少しでも楽にしたくて16歳から働きはじめ、オーストラリアをはじめ世界各地を巡り、ゆくゆくはその商才とお人柄で世界的な成功を収めた方でした。
晩年は日本の文化財に関わる協会の会長職に就かれゆったりと過ごされていらっしゃいました。
学問だけで勉強する知識とは異なり、ご自身が人生でダイナミックなまでに自ら飛び込んで身に刻まれた実体験から導かれた根拠のあるものごとの解決方法や現実的な対処法は若い私にも学ばせていただくことがたくさんあり、今でもとても感謝しています。
もしかすると、私も彼の性格に似ているところがあったので立場や年齢に関係なく大いに共感したのかもしれません。
学問や知識を身に着けることはとても大切ですが、それがそのまま知識としてあるのではなく、自分自身の経験とすり合わせ腑に落としたうえでそれらをより説得力のある言葉や行動として示せているかどうか。
私は自分自身はもちろん、人を見るときにそんなところをさりげなく観察しています。
今はこれだけ情報も知識も、また言葉も世の中にはいくらでも溢れているので、いわば私も含めどんな人でも自らの実感あるなしに関係なく、もっともらしいことを言うことはできてしまうわけです。
その方がお亡くなりになってもう何年にもなりますが、交友があったころによく言われたことがあります。
Move!
何かを相談すると彼から必ず言われた言葉です。
行動しながら考える “生きた考え” をしなさい。
行動せずにただ考え詰めている考えは ”死んだ考え” だとおっしゃるのです。
私にもそういう部分は多々ありますが、人は何かを始めるときに最初に ”準備ができたかどうか” を考えてしまいがちです。
そうして完璧な準備を待っているあいだに考えだけはぐるぐる巡り、いつのまにか歳月は進んでしまい、気づけば・・・。
先日のブログでタイミングを待つ「今じゃない」ときのことを書いたのですが、本日の内容は心のアンテナが示す「あ、今だ」にあたるかもしれませんね。
考えがすべてまとまってから動くのではなく、感覚的に必要だと感じたのならそのときが最適なタイミングなのだと思います。
私は自分自身にかなり正直に生きているので身に刻んでいる傷も半端なく多いです。
「今」、「今じゃない」どちらであってもタイミングを少しずらしてしまっての痛い思いや体験もたくさんあります。
けれども、それらは何一つ無駄になっていることはなく、すべて自身の中の「生きた例(学び)」となっているのでむしろ最大の強みとして捉えています。
考え終ってから動き出そうとせずに、何かを感じたのならまずは動いて考えていく。
歌を口ずさんだり、ダンスをすると楽しくなります。
歌ったり、踊ったりしたら楽しくなるのだろうかと考えているうちは、まず楽しくはなりません。
けれども、一旦やってみれば、すぐにその楽しさを実感することはできます。
つい先日、先述の故人からいただいた昔のメールをメール BOX に見つけました。
きっと、これも何かのサインなのだろうなと思います。
ちょっとここのところ、頭だけでいろいろこねくり回し過ぎていたこともあったかもしれません。
Move !
どこかから人生の大先輩の声がしてきそうです。
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今日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
皆さまが柔らかな心で一日過ごせますように。
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