ロイヤルガーデンカフェのロウソクランプ

 

1月27日、昨日は
アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所
(ポーランド・オシフィエンチム市)の
解放から80周年だったのですね。

 

昨今、各国のドキュメンタリーが
続けざまに放映されていたので
「あぁ、そうだった」と
私も改めて意識が向かいました。

 

小学校低学年で
母から与えられた
『アンネの日記』を皮切りに

ナチス占領下の欧州の
戦禍へ意識が向かい
自ら様々な書物や映像

それだけでは足らずに
冷戦直後からドイツや旧東欧の
強制収容所跡はもちろん

各都市へ出向き
関係者の話を聴いて
何があったのかを知る

ということを重ねてきた
人生でした。

 

洋の東西を問わず戦争全般なので
ユダヤ人問題やナチス政権だけに
的を絞ったものではないものの

長きにわたって
身近なテーマとして
私の人生にはあったものです。

 

お話を伺った生存者や
関係者の方々も
そのほとんどが他界され

生存者の生の声を伺うことは
以前と比べるとかなり
難しくなってまいりましたが

そのルーツを持つ方々
子孫の皆さんの声を伺うことは
できる昨今です。

 

今、現在の世界では
再び、そして未だに
世界各地で砲弾や銃声が鳴り響き

尊い多くの命が
毎日、毎分のように
失われています。

 

かつてこちらのブログでも
随所で紹介しているかもしれませんが

私がまだ10代前半の時分に知って
ずどんという重い響きと共に
深い感銘を受けた

当時、旧西ドイツの
ヴァイツゼッカー大統領が
敗戦40周年に際しての
連邦議会における演説で触れた

「過去に目を閉ざす者は、結局のところ現在にも盲目となります」

という言葉が思い出されます。

 

過去から真に学ばない限り
今、目の前で起こることにも
目、心を閉ざし(無関心で)

かつての立場を変えて
自分自身の都合のよい理屈を唱え
同じ過ちを繰り返し続ける。

そんな風に理解した気がします。

 

真に学ぶということが
本当に心の力のいることだと
改めて実感します。

 

散々見尽くしたと思っていた
本日のテーマに関する
各国のドキュメンタリーの中に

数年前に製作された
新しいものがありました。

 

ナレーションで語られた
強制収容所に入った当時
10代であった女性が戦後
家族に請われて綴ったという

ご自身の体験したことを
つぶさに書き出した

記憶帳とも、自分史ともいえる
いわば、備忘録の
一つ一つの言葉が胸に響きます。

 

言葉を綴ったところで
それは言葉の羅列でしかない

といったニュアンスの
文言から始まり後に続く

「事実を目の当たりにし
生き延びた者にしか
理解してもらえない」

という言葉に

戦争に限らず
自然災害や事件・事故を
自ら経験した人々の
真の思いを感じ取り

事象を知ったつもりでいても
あるいはどれほど
その思いに近づこうとしても

到底、当事者の思いには
遠いことを
改めて思い知らされたようで

胸がぎゅっとなった瞬間でした。

 

だからこそ
”寄り添う” ということが

言葉で言うは易し
真に行うは難しを

再実感するのです。

 

過去のことに限らず
極限の状態に限らず
事象の類いを問わず

目の前の相手が経験した
出来事の様子はもちろん

お一人お一人の感じた思いを
聴かせていただく際の
耳を傾ける者としての心の在り方を

胸がぎゅっとする度に
己に問うて
大切な学びとして刻みゆくことを
繰り返しています。

 

投稿者プロフィール

小松万佐子
小松万佐子こまつまさこ心理相談室(安曇野ルーム)心理カウンセラー
今日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
皆さまが柔らかな心で一日過ごせますように。
小松万佐子から皆様へのメッセージ

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