25年以上前になるでしょうか、南方戦線で終戦を迎えた元兵士の方を取材していたときのこと。
なかなか言葉を発することをしなかったその方が、ぽつりと「ひたすら植物を植え、大切に育てたわなぁ」とおっしゃったことがあります。
同じような話を、私が高校生の頃から愛読した深代淳郎さんの『天声人語』のなかに読んだことがあったので「戦争で辛い思いをされた方は皆、こういう気持ちになるものなのかなぁ」と考えたものです。
心に傷を負ったり、過度なストレスがかかる状態になった人々の心の緩和のために森林浴はもちろん、自然に直接触れる体験がたいへん有効であることはよく知られています。
最近では森林浴ヨガのインストラクター、森林浴セラピストといった専門家もいらっしゃるようですね。
人は植物を五感で感じることで体の恒常性(神経、内分泌、免疫の相互作用によって維持される生体を安定に保とうとするシステム)にかかるストレスを緩和させることもできるのだそうです。
特に、今のような新緑に充ちたシーズンにはだんだんと力強さを増す陽射しを浴びた木々や草花は生命力そのものです。
先述の元兵士は負傷した仲間を戦地に置き去りにして自分だけが生きて日本へ帰ったことを心の負い目とされていらっしゃいました。
深代さんの文章に登場する「緑の連隊長」も中国の前線で人を殺し、大勢の部下を死なせた自責の念から自らが奪った命を思い木を植え続けるのでした。
心の奥底にずっと残る、家族をはじめ誰にも言えない苦しみを自然の息吹に触れることで慰めていらしたのか。
植えた木や植物を大切に育てることは、自らの魂が救われる唯一の時間だったのかもしれません。
アメリカではやはり戦争からの帰還兵の心の癒しの手段として1950年代以降、園芸が利用されてきたようです。
毎年この時期になると、我が家では今年の新しい花の苗を買ってきて鉢や庭に植える作業に入ります。
こまめに成長を確認し、水をやり、虫を取り、花を摘み・・。
土に触れ、真心をこめて小さな植物に触れていると、そこにはっきりと大地と生命の息吹を感じます。
そして、このエピソードを思い出しては、緑に救いを求めた元兵士たちの心内を思うのです。
語ることが憚れるほどに苦しみを抱えた心を自然は何も言わずにただそこにあり、触れたその人をただ受け入れ包みこんでくれるからなのでしょうね。
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