家の中にひろがる甘くて幸せいっぱいの気分になりそうなお菓子やパンの匂い。皆さんもご自宅や訪ねた知り合いのお宅でこんなホッコリした温もりを伴う匂いに遭遇された経験があるかもしれませんね。
今日のわたしのお気にいりは私の ”相棒” ともいえるキッチンのガスオーブン。
長野の家に来たばかりのころ、病んだ母が新しくあつらえたばかりの大きなガスオーブンがありました。パンを焼くために備えられたものでしたが病が悪化したためほとんど使われないまま放置されていました。
当時、まだ弟の3人の子どもたちが小さく、せっかく遠方から遊びに来てもスナック菓子やラムネを抱えて食べているのをみて「何か喜ぶものを作ってあげたいな」と何気なく思ったことがこのガスオーブンを使い始めたきっかけでした。もちろん、子どもにとっては駄菓子やスナック菓子は大好物なのでしょうが手作りの味もいいんじゃないかなと思い、その後、気づけば彼らが訪ねてくるたびにどんどんレパートリーを増やしていくことになります。
もともと、子どもの頃からお菓子作りに限らず、工夫して何かを創り出すことが好きだったので既存のレシピはもちろん、マンガに出てくる実験に失敗ばかりしている博士のように素材や分量をあれこれ試してはマイレシピも創作していました。
自分の知識だけではクリアできない部分は、教室に通ったり、職人さんの知識を学ばせていただきながら必要な技術や知識を吸収していったものです。
もう一つ、お菓子やパンを作る理由がありました。
この安曇野では野菜やフルーツを何かしら畑や菜園でつくってらっしゃる専門農家さんや、趣味だと言いながらも信じられないほどの多種多様な珍しいものをつくっていらっしゃる方々が周囲に大勢いらっしゃいます。
たまにおすそ分けいただくのですが、我が家ではお返しするようなものを何もつくっていません。そこで思いついたのがいただいたものを利用してお菓子やパンを焼きお返しするというスタイルでした。
もちろん全部が全部のケースではなく、どう考えてもお菓子にはならないものもありますし、時間がなく商品を買ってお返しさせていただくことも多々あります。
それでも、できる限り買っては手に入りにくいもの、感謝の気持ちをこめたものを差し上げたくて作れるときは作って返すようにしています。
換気扇をまわしていても家じゅうをめぐる甘い匂いは自分でキッチンで製作しながらもなんともいえない幸せな気持ちにさせられるものです。
今時分のように寒い季節は、この大きなガスオーブンが我が家の暖房の一つとしてカウントされるほどに重要なので、冬場は特に焼きたての匂いを放つと共に冷えた心身を芯からホッコリさせてくれる重要な役割を担っているんです。
長野にきた当初は、何をどうやっていったらよいものか戸惑いばかりが逡巡する日々でした。すべてをいったん中断し、まるで自分の人生を放棄しそのトラックから降りてしまったかのようにさえも思えました。
慣れた土地や人々と離れ、自分自身の心や母の抱える病をはじめとする様々な課題と正面から向き合わなくてはならない現実、そして新しい環境に馴染んでいかなくてはいけないとてつもない不安と寂しさの中で出会ったこのガスオーブン。使い始めるきっかけは先述のようなささいなものでしたが、家族や訪ねてくる子供たち、あるいはお礼を作って差し上げる相手の方々が「おいしい!」と喜ぶ満面の笑顔に当時の私がどれだけ救われたかわかりません。
「人から喜ばれることはこんなにうれしいことだったんだな」とそれまでの時間がしばらく自分のことだけに集中し向き合う生活を送っていた私には久しぶりに、そして改めて “人は群れる生き物だから、関係性のなかでこそ様々な生きるための力や学びを得るもの” という感覚に気付かされる機会でもありました。
あんなにピカピカだったのに、今ではずいぶん使い古されたこの "相棒“ 。
そのおかげで周りにたくさんの笑顔が広がり、私の心にも彼らの笑顔と「ありがとう」の言葉によって人との繋がりからしか得られないエネルギーを取り戻すことができたのですから、この「お気にいり」には心から感謝しています。
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今日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
皆さまが柔らかな心で一日過ごせますように。
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