”まさか・・!”
という感じでした。
3月半ばの本ブログにも
今年は屋敷林を切り倒すにあたって
一緒にその根っこを
絶やされてしまったのか
そう思っていた我が家の庭の
福寿草が、なんと
昨年に続き4月を迎えてから
カナリア色に染まったその顔を
覗かせているではありませんか。
早い年には2月中下旬には
蕾の状態で
顔を土の中から出していた
春を告げる花たちが
今年も忘れていた頃に
たまたま通りかかったテラスから
鮮やかな色彩を放っており
「今年もちゃんといて
咲かせてくれたのね!?」
と驚きと共に
対面を果たすことになったのでした。
土壌の質の影響でしょうか
年々、一つ一つの花の大きさは
小さくなっているように感じますが
それでも、この花が
庭にあるとないとでは
春の訪れを告げる儀式が
始まらないような気さえいたします。
自然界の植物たちは
生命ある限り
もっと言うならば
地中に張り巡らせた
しっかりとした根っこ
つまり、”生命の種” がある限り
廻りくる季節の中では
その生命の火を元に
形あるものとして
内から強い光を放ち続けることを
教えられた気がします。
私たち人間も同じなのかもしれません。
何より、大切な生命があり
そこに火が灯っている限り
何度でも、何度でも
たとえ倒れることがあったとしても
再び立ち上がっては
お一人お一人
その生命の火を
それぞれの大切な何かに点けて
生命ある限り
サイクルを何度となく繰り返し
燃やし続けるのだろうな
そう感じた春のうれしい
一コマでした。
投稿者プロフィール

- こまつまさこ心理相談室(安曇野ルーム)心理カウンセラー
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