”時間に遅れた人を
こうやって注意するんだ・・”
衝撃的だったのは学生時代。
ドイツ語のとある教授は
顔色一つ変えずに
教室に遅れて飛び込む
私を含めた数人の学生を
次のように諭します。
”定まった時間に
あるべき場所にいないと
出会うはずの人に出会えない。
その人は
運命の相手かもしれない。
あなたがたは
運命の相手をみすみす
逃してしまうことになる”
もっと詩的な言い方でしたが
おおよそこんな感じの内容です。
夢はジゴロになること(?!)で
ロマンチックなお人柄でしたから
恋愛に例えていらしたんですね。
決して「遅刻するな!」とは
注意なさりませんでした。
学生時代から数十年経て
さまざまな経験をしてくると
この言葉は ”詩もどき” ではなく
とても説得力のある言葉だと
身を持って実感するようになります。
ある所定の時刻や場所に
乗り遅れるということで
それまで調子よく
流れていたはずの運気の流れを
止めてしまう経験。
皆さんはありませんか?
私はこれまで
やらかした経験ありまして
それをやったがために
一日の流れを変えてしまったこと
多々あります。
これは他人との約束に限りません。
自分で何かを予定をしたときに
「こうしよう」と決めていたことを
進路や行程に邪魔が入ったり
何かしらの理由でタイミングを
逸してしまったとき。
仕方がないな、と
頭で何か理由を考え
その行動を止めてしまうこと
たまにあるんですよね。
余裕をもって仕切り直そう
と考えるからかもしれません。
ところが、せっかく
バタバタすることを避け
余裕を持って予定を変更したのに
どこか運気の流れが悪いというか
ものごとのタイミングが
合いにくくなるんですよね。
一方、バタバタと焦るものの
当初予定した通り
または決めた通り
波に乗るよう最善を尽くし
間に合ったときというのは
気の焦りとは裏腹に
その後の運気の流れがよく
すべての物事のタイミングが
どんぴしゃ合ってくるような
感覚を覚えることがよくあります。
これはもしかすると
私だけが感じる感覚かもしれません。
それでも、やはり
一度予定したり決めたことを
目の前で生じた事象を理由に
変更したりせず
やりきる感覚
波に乗る感覚
乗り遅れない感覚
これらって
時にものすごく大切だなと
多数の痛い経験から
改めて思うのです。
運命の相手と会えるかどうかは
わかりませんが
でも、あの「ジゴロになりたい」と
おっしゃっていた教授の
言わんとしたことは
とてもよくわかるような気がします。
「遅刻するな」と注意するよりも
もっと大切な人生(宇宙?)の
見えない法則を教えられたようで
今でも私が何かをするときの
指針になっている一つです。
”決まった、あるいは決めた波に
乗り遅れないようにするのは
他でもない
あなたの運命の歯車のため”
ということだったのでしょうか。
確かに、幸運の神様は
前髪しかないといいますものね・・。
ちなみに、”夢はジゴロ?!" と
学生皆に呆れられていた
少々現実離れしてらした教授は
20年近く経って再会した時分には
その世界では有名な
名誉教授になっていらっしゃいました。
念のため・・・?
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小松万佐子から皆様へのメッセージ