野花を見ると思い出す話があります。
埼玉に住まう娘の家を
長く一人で訪ねていた父方の祖父が
どこかへ向かう道中
ふと何かを目にして車を止めさせ
慌てて脇の山中に入っていったそうです。
大きな体を腰から曲げ
小さくかわいらしい野花を摘む祖父を見て
伯母やその家族は驚いたそうです。
戻ってくると
いつもと変わらぬ無表情で怖い顔をしたまま
「ばばさ、好きだで・・(長野の方言)」
(ばあさんが、好きだから・・)
と摘んだお花をそれは大切に、大切に
熊のような大きな手に握りしめていたそうです。
父方の祖父母は誰がどうみても仲が悪く
「どうしてわざわざ一緒にいるんだろう」と
私の子供心にも会うたび不思議でした。
調和とはまるで真逆。
寄れば触ればケンカばかりで
互いの価値観を一方的に主張しあう様子から
交わることなどいっさいない夫婦に見えたからです。
軍隊あがりの武骨で強面な祖父は
音楽や歌、詩を愛し感性溢れる祖母とは
性格、考え方や感じ方も真逆でした。
とりわけ祖父は
祖母のやることなすことケチをつけ
気に入らないことがあると怒鳴ってばかり。
愛という言葉とは無縁の夫婦に見えました。
昔は当たり前だった家同士が決めた結婚。
心の疎通などなくても
夫婦としてやっていかなくてはならない
時代だったのかもしれません。
私にとって
祖母のために夢中で花を摘む祖父の姿は
想像するだけで衝撃的でした。
こういう人だから、ああいう人だからと
私たちが思い込む小さな想像を超え
「愛」はそれぞれの形で存在するのだなと
今でも野花を眺めるたびに思います。
出先でふと目にした小さな野花に
一緒にいない
祖母の姿を重ねたのでしょうか。
どんな想いで摘んでいたのか。
愛情や感謝を表現することが下手だった
武骨な祖父の精一杯の祖母への気持ちと
普段は表に表れることがなかった
優しく柔らかな祖父の本質に
そっと触れた気がするエピソードでした。
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今日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
皆さまが柔らかな心で一日過ごせますように。
小松万佐子から皆様へのメッセージ
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