
「今」の私たち
個々人があるのは
ここに至るまでの
それぞれの生きた
軌跡があるからで
どのような過去であれ
ご自身にとって
何かしらの力となり
いずれ、この先で
すべてが繋がってきます。
ただ、ある時期や
ある時代のご自身に
ものすごく
こだわりやプライド
あるいは執着があったりすると
その姿がご自身そのもの
すべてであるように
錯覚してしまうことも
あるのかもしれません
『”今の自分” は、なんぼのもんじゃい?』
この問いかけは
私たち一人一人にとって
常に必要になってきます。
無常の世のなかを
私たち自身も、日々
進化し続けており
その時々を懸命に生きています。
今を生きるにあたり
何かを語るのに際し
日々の暮らし、仕事
また、その成果において
「今の私」が
主となるのではなく
「かつての私」が
何を語るにも、まずは主となり
前面に出てきてるのであれば
それは少し俯瞰して
ご自身を眺めることが
大切とも言えるかもしれません。
大事なご自身の一部である
「過去のある時間を懸命に生きた私」や
そこに備わる物事やその功績は
日々、更新されてゆく
「今の私」が日々、着々と築く
己の「今の城」に
あえてそこ(過去の栄光)だけを
前面に出して語り続けなくとも
どこかのタイミングで「過去」が
後から追いついてきて
「今」に合流する瞬間があります。
そのためには
「今のご自身」の礎を
しっかりと築くことが
大前提となります。
「過去」が「今」に追いついた時
そこで、「今のご自身」の
居場所、つまり己の城に
「過去」が「今」に
さらなる強みとして
説得力を持って
深さみや広さ、成熟度を
与えてくれるわけです。
そうではなく
「今の居場所」は
あるようでないようで
基盤が築かれておらずに
ふわふわしていたり
「今の自分」は
理想は高くあれども
何ものにもなり得ていない
・・・・
といった
ご自身の状態や状況において
「過去の私」の功績なり実績
あるいは過去に備わるものことばかりを
延々と周囲に語っていても
そこは残念ながら
『今を生きる』のではなく
その振りをして
『過去を生きる』
ということになってしまいます。
過去が素晴らしかろうが
素晴らしくなかろうが
それは、既に過ぎ去った時間のこと。
自分が、今、何をして
毎日を紡いでいるのか。
そこには輝かしい栄光や
目を見張るような功績などは
まったく必要ないかもしれません。
堂々と胸を張って
何でもないようで
実は、かけがえのない毎日を
過去ではなく
「今のご自身」を受け止め
そこに焦点をあてて
日々の礎をコツコツ築きながら
大切に過ごせていること。
それに尽きるのではないかなと思っています。
投稿者プロフィール

- こまつまさこ心理相談室(安曇野ルーム)心理カウンセラー
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