
自己変革に努めている時の
特徴ともいえるでしょうか。
ご本人は変化や変化の兆しに
気づかないケースが
多いように感じています。
言い換えると
望む方向に変わったのか
変わっていないのかを
自らがシャカリキになって
意識し続けているときは
実は、まだまだ根っこそのものは
動いておらず変わっていない
といったところでしょうか。
一方、頭のどこかでは
変革を意識をしながらも
目先のことに捕らわれず
ただ日々を懸命に生きる
つまり目の前のことに
無心に取り組むことを
ひた向きに続けていたりすると
当の本人は気づかないのですが
言動に大きな変化が
生じていることに
ご本人を取り巻く周囲が
いち早く
その変化に気づき始めます。
変わりぶりを
周囲に指摘されたりすると
当のご本人はきょとん・・
といった具合です。
そして、だんだんと
そうなのかなぁ・・と
自覚し始めるのですが
自覚し始めた時分には
むしろ ”ずっと前から自分はこうだった”
という思いがあったりして・・。
それでよいのだと思います。
変化とは、ある日突然に
劇的に変わるものではありません。
急激に変化が生じるのは
各種「薬」と一緒で
むしろ ” やべー” 変化(薬)であり
落ちる(戻る)のも早いです。
変化した要素を
昔からこうだったような・・と
自らの一部であるように
感じるのであれば
それは、じわじわと浸透し
いつの間にか
自分のものとなっている
証でもあるので
私から見れば
「おっ、イイ感じ!」
「芯の(真の)変化(進化)」
といったところでしょうか。
本来、自己変革とは
そういったものだと思います。
自らが「変わった、変わった」
と言葉にして蘊蓄(うんちく)を
隣の人に語っているうちは
まだまだ「ふぁいと~!」
と声掛けしたいところです。
自己変革でどこを目指すか
己の人生をどう創造するのかも
私たちは、一人一人異なります。
変わらずともよい部分
変わりたい(戻りたい)部分
それは誰かが指摘したり
指示するものではなく
どうしたいのかを自らが選択し
その在り方を設計するのは
他でもないご自身なのでしょう。
私は、ただ大切なその選択や決定を
見守りながら伴走させていただく。
そんなところだと思っています。
◎コデマリの花を花屋で見かけました。我が家の門先では通年、5月辺りに小さな花が寄り添うようにまとまって咲く花です。毎年、盛りの時期になると雨に打たれ散った花弁や花ごと地表を覆う様子に、本日で軍事侵攻から4年が経ち、ロシア、ウクライナ双方で増えるばかりの兵士の墓標の数をふと重ねました。死者は今でも増え続け、人の心も、街も、大地も傷み、叫び声を上げ続ける地域がこの地球上に在ることを改めて感じ入っています。
投稿者プロフィール

- こまつまさこ心理相談室(安曇野ルーム)心理カウンセラー
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小松万佐子から皆様へのメッセージ
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