
私たちの毎日の暮らしには
ずっと変わらぬまま
同じように感じるものもあれば
そうでないものもあって・・。
本来であれば
同じままであるはずはなく
そう感じる感覚はともかく
万物は常に
移り変わってゆくものです。
身近にあって
時の経過とそれに伴う変化を
つぶさに感じるのは
私たちの家族にみる成長や
老いだったりすることも
多いのでしょうか。
自分自身の変化にも
もちろん気づいている
いえ、気づかざるを得ないものの
やはりそれ以上に感じやすいのが
子供の成長、または親の老い
といったところかもしれません
以前、ブログに綴った
連れ立つ相手の歩く速度の変化は
成長や老いと直面する
大きな気づきだったことを
改めて思い出します。
子供の成長に関しては
頼りないほどに
よちよち歩きだった
その一歩一歩が
いつの間にやら
しっかりと大地を掴む
大きな歩幅、歩き方へと変わり
共に肩を並べて歩く日を迎え
その頼もしさに
改めて互いが重ねた歳月を
感じることは多いかもしれません。
歩く速度は、喜ばしい変化の
一例になり得るのかもしれませんが
一方で、寂しさを覚える
変化にもなり得るとも言えるでしょうか。
私が長く都内で共に暮らした
都心で生まれ育った健脚のおばには
虎ノ門の家から銀座辺りまで
地下鉄で出かけるというと
「わずかな距離なのだから歩きなさい」
と毎度、怒られたものでした。
初詣など、共にお出かけをする際には
常に肩を並べて
お互いに同じ速度で歩いていたものが
(私は相当歩く速度が速いです)
ある日、突然気づいてしまうのです。
出掛けるにあたって
話をしながら共に歩き出し
相づちをうったついでに
横を向いたら
いつも真横にあった肩がそこにはなく
振り返り相手が追いつくを待つ。
「おや?」と感じた
そんな日を境にして
みるみるうちに
老いゆく相手の姿を
この目で確認することが
増えていったことを
まるで、昨日のことのように思い出します。
長野に来て夜半の習慣になっていた
父と一緒のウォーキングも
まさに同じような感覚でした。
肩を並べて話をしながら
早歩きをしていたものが
いつのタイミングだったか
何度も振り返らなくては
追いついてこない
まるで、ふざけたように
速度の遅い父に思わず
「ふざけて歩いていないで
ちゃんと歩いて!」
といったニュアンスの言葉を
振り向いて言った日のことを
今でも、覚えています。
頭では「同じまま変わらぬことなどない」
などとわかっていながらも
そこだけはずっと変わらず
同じだと思いこんでいた
いえ、信じていたかったものが
実はまったく同じではない。
”歩くこと” を一つの例に挙げて
ブログを綴る本日ではありますが
歩くことに限らず
日常のあらゆる場面で
繰り広げられる一こま一こまが
実は、少しずつ変化し
同じままでは何一つあり得ない
何より尊い時間、瞬間瞬間であるということ。
私たちの生命に限りがあるからこそ
本来は、こうして過ごす
何気ない毎日でさえも
また、大切な人たちと過ごす
一見、同じことの繰り返しのようにさえ思える
何気ない時間や場面でさえも
すべてが特別で
かけがえのない時間であることを
何かの拍子にぎゅっと
胸を掴まれるように思い出し
温もりとわずかな焦りと切なさを
一緒くたに抱き合わせたような
何とも言えない感覚に襲われ
切実に思いを感じている
そんな春を待つ冬の
ある一日でしょうか。
◎写真は、都内は人形町では皆さんご存知、天保8年(1837年)創業の老舗の甘味処『初音』さん。目まぐるしい仕事の合間の「ほっ💕」を、やはり忙しい合間を縫って遠方から逢瀬を楽しみに来てくれた愛しい人と味わった際のもの。ずっと変わらない味でさえも、やはり時代の変化の影響は受けてきたことでしょうね。
投稿者プロフィール

- こまつまさこ心理相談室(安曇野ルーム)心理カウンセラー
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