善光寺 仁王門

職場の悩みでいただくご相談に
作品や企画、アイデアや文言を
同僚や同業者に持っていかれる

というものが
結構あったりします。

一時流行った、略語を用い

好いと思ったことを
「徹底的にパクる」と
口にしていた人を思い出します。

そこをよしとするかしないかは
人それぞれだと思うので

先述の人のように
自分がそういう思いでやっていると
公言しているだけでも
まだ救いがあると思っています。

真似や後追いすること自体
この世の中では
互いが影響し合っているとあって

誰が、あるいはどこの
とは、言いきれないことも
多いかもしれませんし

また、型として
基本をいただいているような
環境や状況、ケースもあるので

何とも言えません。

手に負えないな、と思うのは
先述のタイプの人のように

自身の行動を公言し
わかってやっているのでなく
わからずに
無意識にやっている場合です。

私自身も、かつて
そういう無意識でやってしまう
他者の影響を受けやすい
同じ所属にあった人に
直接、申し入れをしたことがありましたが

当の本人には、影響を受けたものを
自分のもののように感じる癖があり
ヒントを得ただけだと思い込む
憑依的な資質があるという自覚はなく

ものすごい勢いで逆ギレされ
「あぁ、これはもう病気だな」
と、心底軽蔑すると共に諦め

とは言っても
同じ所属ではあったので
関わらざるを得ない場面はあるも

一切こちらからは
関わらないことを
決めたことがあります。

一方で、同じ所属の海外支部のある方は

自分にはそうした他者の影響を
そのまま受けやすい性質があるから

影響を受けやすい人の作品に触れたり
ブログのような文章は読まない、と

ご自身のことを
よく理解していらっしゃっておら

(自らを眺める力が)すごいなぁ」と
感心したこともあります。

そうした真似や後追いが起こる背景にには

・好いと思ったから(これが一番多いでしょうか)
・憧れているから
・尊敬しているから近づきたい

といった、決して悪気があるわけではない
ことが多いことと思います。

作品や企画、アイデアを
そのまんまかっさらうといった
言語道断の行為はともかく

発想や文言といった
繊細なものについては
とりわけ

私たちの誰もが
この世で生きている以上は

どこかで抵触しかねない
非常にデリケートな部分でも
あるとも言えるでしょう。

先にも申しましたが
それが著名人や
世に知れ渡った人や事象

あるいは、共通にある型や
断りを得て受け継いだ型
などであって

同じ土俵で
日々、努力し励む
同業者や同僚、仲間などで
ないのであれば

大いに「どうぞ!」の一面も
あるのかもしれません。

そうではなく、例えば

同じ分野で
(時に同じ会社や組織に所属する)
同じような立場にある者の生み出した

クリエイティブな作品や企画
アイデア(発想・着想・案)、目線
口にする発言、文言の類い

といった
真似てもよいとされる型ではない
もっともっと個人的なものを

平気で持っていって
しかも所々自分でもっともらしく
手を加えては

まるで自らが
考え生み出したかのように
アイデアを使う
発表する、表現する

ということについては
賛否両論
いろいろな意見があることと思います。

私自身は、インスパイアされた出先を
触れたり述べたりせずに
勝手に持っていかれることを
猛烈に不愉快に感じるタイプなので

例え、それが
どれほど慕われていての
行為だとしても

同じ分野、つまり同じ土俵にありながら
それをやった相手とは
一切の関わりを断つと思うのです。

音楽をはじめ社会活動で繋がる
ある旧知の大切な仲間たちと

もう、何年くらい前になるか
こうした真似や後追いについて
話をしたことがあります。

やはり、その仲間たちも
先だって前人未踏、未開の地を
切り拓いてゆく
日々の逞しい活動力の裏側で

後追いやパクリ、真似は
日常的に体験しているとのことでした。

ただ、その仲間のうち
一人の発言で

私も「なるほどなぁ」と
救われる思いがしたことを
シェアさせていただきたいと思います。

”後追いも、真似も
アイデアの横さらいなども

それを用いて発信している
その時点でもう

そうした発信者に寄ってくるのが
低いレベルでしかないので

そこから良質なものは生まれにくく
結局、誰かや何かを
真似たり後追いして発信した側は

いつまで経っても一流どころか
二流、三流にすらなれず
廃れていくんだと思いますよ。”

なるほどなと腑に落ちました。

私の周囲を見渡しても
これをやって
結果や実績を出している人は
皆無だったからです。

一時は、手段や勢いで
何とかなっても

継続的に安定した結果は
当然ながら
出せない、出せるわけがない
のでしょう。

それこそ
「天網恢々疎にして・・・」
なのでしょうか。

相手が、どうぞどうぞ
というかどうか

そこは断りをいれて
初めてわかったりするところ。

先述のように
着想や発想に関しては特に

やっている本人に
自覚のない場合も多いので
難しいともいえます。

私の例ではありませんが
伝えてみるだけ伝えるも
不快な目に遭うだけで
解決にはならないこともあります。

こうした相談者の悔しさや怒り
苦痛に寄り添いつつも

心の中で自らにも
言い聞かせるように
伝え続けるのは

お一人お一人の
内なる泉と繋がり
溢れる続ける知恵やアイデア
自由な発想は

その方がここまで
いろいろ感じては考え生きた
血肉そのものであり

真の意味では
誰も、決して奪えないもの
であることを

また、どこかで巡り逢う
良き者たちの生み出す
多様なアイデアと相まっては

さらなる広がりを持ちながら
様々な化学反応を起こし

世の中全体をよりよく
変えてゆくであろうことを

どうか信じて欲しいと思うのです。

投稿者プロフィール

小松万佐子
小松万佐子こまつまさこ心理相談室(安曇野ルーム)心理カウンセラー
今日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
皆さまが柔らかな心で一日過ごせますように。
小松万佐子から皆様へのメッセージ

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