私たちの身体にできた傷は
擦り傷、切り傷はじめ
その度合いにもよりますが
時に適切な医療処置を施したりして
時間をかけて回復していきます。
傷口が自然治癒によって
塞がったり
縫合により塞がっても
傷跡は現在の医療技術をもって
ある程度、目立たなくすることは
できたとしても
他の皮膚表面と微妙に異なることは
ご自身でも確認できたり
するのかもしれません。
つまり、傷そのものが
まったく何もなかったようにはしにくい
ということなのだと思います。
傷跡を眺めるたびに
何をやって怪我をしたのか
あるいは
その痛みを思い出す
そんな傷だって
あることと思います。
心についた傷も
似たところがあって
時間の経過によって
あるいは
何かに集中する時期が長いことで
一時、痛みを
忘れることができたり
傷があることすら
忘れられていたり
ということはあるように思います。
でも、傷ついた事実は
そして、痛みを覚えたことは
消すことができない。
心のどこかには
ちゃんと残っていたりします。
傷そのものや覚えた痛みを
何もなかったかのように
消そうとするより
それらが己の心の
どこか一部にあろうとも
「あぁ、あるんだな」と
その存在に
色をつけることなく
また、好い悪いの
ジャッジをすることなく
ただ、”あるな”
そう思えるようになるまで
たとえ、時間がかかろうとも
一緒に寄り添いながら
再生を見守らせていただいております。
ある意味、大変「力」を
必要とする過程ですが
私たち人間には
この自らを再生させる力があることを
その度に信じさせていただく
そんな時間であったりもするのです。
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今日もお読みいただきまして、ありがとうございました。
皆さまが柔らかな心で一日過ごせますように。
小松万佐子から皆様へのメッセージ
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